光と影

あなたの中にある祈りが私をここに導いた、存在せしめた

と言う様なことを恩師が言っていた事があり

おお、何という表現か
と、記憶に残っています


アカシックを学んだスクールでは
全ての存在は自分であり
全てが自分のある側面の現れだと
その視点を持ってリーディングします


あなたとは違う私が、違う誰かを読む  
ではないのですね


多くの人が
あの人は良い人だ、悪く言われている事を聞いた事がない…
と言う時


その"良い人"の多くは、恐らく多くの人の中にある純真さや善を生きているのだろうと思います


そしてその周りにいる人はその人を見ながら、自分の中にある純真さや善を体験している

まるで、その人があたかも"そう言う人なのだ"と言う視点で

そしてその人自身も、自分はそんな人間なのだと思いながら生きる…

でも何処かで思う
それは多分たった1人になった空間で
唯一誰の侵入も期待も及ばない空間の中で

本当にそうなのか?

自分とは善なのか…

自分とは何者なのか…と


実体のないものの周りに、誰かの前提と期待と思い込みによってどんどんと形が作られて行く

それは間違いなく自己のある側面ではあるけれど

イコール自分なのか?

分からなくなって行く

自我(ego)の目覚めは大切な成長過程で、そこで人間は人間としての大切な欲求を学ぶ

しかしそのegoを健全に受け入れてもらえる土台を築けなかった時、私達はただただ周りに受け入れられるであろう側面だけを自己に投影し出す

そしてその影を生きる様になる

まるで側から見たら光でしかない様な影を生きる

こんな苦しみはない

だって、外から見たら自分は光でしか無いのだから、どこにも(外側に)救いはない

もう何処に助けを求めて良いのか分からなくなる


生きながらここから出る方法は、もしかしたらコレしかないかもしれない

全てをリセットする事
今世築き上げてきた全てのものを手放すこと

自分だと思って来た、これが生きる道だと信じて来たもの、努力も関係性も何もかも全てを手放すこと

そして真っ新になってスタートする

しかもそのスタートその①はエゴを育てること

人間の持つ基本的な欲求をただ我がままに望んでそれを受け入れてもらうこと

…こんな事を大人になってする事の大変さは、大人になった人ならどれ程のことか想像がつくでしょう


コレを選べる大人はどれくらいいるのだろう


と思いを馳せながら、まだ子どもを生きている子ども達を抱きしめたくなるのでした











Infinity ♾

自分を知り 宇宙を知る ミクロな視点からマクロな視点へ

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